[review] Rhetorica Review

レロ|異国のミニチュアとしての東京ディズニーシー

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レビュー対象=東京ディズニーシーレロ=メイドカフェを中心に秋葉原における「性の商品化」研究を行っている、社会学者見習い。テーマパークとアイドルが二大趣味。いつまで経っても彼女募集中の童貞レズ(註──二〇一七年一月七日に自分史上初の彼女ができたが、童貞メンタルはそのまま)。@rero70(Twitter)
http://rero70.hatenablog.com/初出=Rhetorica #03(URLほかのレビューも読む(URL

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コロナビールは2016年8月31日に終了。

 私にとって、東京ディズニーシーは知的冒険の舞台だった。そこは単なる遊園地ではなく、複数のエリアからなる広大な「地域」であり、その一つ一つが文化と教養の博物館として、文・理問わずあらゆる生きた知識を授けていく。一番知的好奇心が旺盛だった中高生の時期に、その欲求に全力で応えてくれたのが、東京ディズニーシーだった。
 あらゆるディズニーパークの根底にあるのは、背景にコンセプチュアルなストーリーを壮大に展開しておいた上で、それを具現化する空間を1mmの妥協もなく緻密にデザインするという一貫した設計思想だ。ディズニーの創造技術者集団であるディズニー・イマジニア(imaginationとengineerを合わせた造語)たちは、このために世界各国から様々な要素を持ち寄り、それらを再構築して各エリアを作り上げる。
 私がここで体験してきた学びは、今思えば、イマジニアたちが要素を寄せ集め積分して作ったパークを再び自分の手で微分し要素分解するような作業だったのかもしれない。そういう意味では、ディズニーパークでの学びは「積極的に」ここを訪れる者にしか与えられない。
 東京ディズニーシーは、特にこうした学びを行いやすいパークだ。東京ディズニーシーに全部で7つあるテーマポート(寄港地)は、それぞれ全く異なる地域ないしはモチーフの要素を使って組み立てられており、その独立性と完成度が他のどのパークよりも高い。そして各エリアのバックグラウンドストーリーと緊密に結びついたイベントやプログラムが、その体験をさらに濃密なものにする。

 7つのテーマポートのうちの1つ、南ヨーロッパの古き良き港町としてデザインされた「メディテレーニアンハーバー」を取り上げて具体的な話をしたい。このテーマポートは、ポルトフィーノやフィレンツェなどイタリアの漁村をイメージした「ポルト・パラディーゾ」、ヴェネツィアの運河を再現した「パラッツォ・カナル」、大航海時代のヨーロッパをモチーフにした要塞「エクスプローラーズ・ランディング」の3つのエリアからなる。このエリアの景観は単なる模造のレベルに留まらず、イマジニアがこだわりにこだわって緻密に設計し再現した限りなく本物に近いミニチュアによって、その地域の背景にある具体的なストーリーや、その時代の空気を下支えする文化や科学の世界観が空間に落とし込まれている。

 例えば、ポルト・パラディーゾの中でも私が気に入っているのは、「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」がある一角である。このイタリアンレストランには、ポルト・パラディーゾの開拓者であり長年良質なワインとオリーブオイルを作り続けてきたザンビーニ3兄弟が、自分たちのワイナリーを改装して開業したというバックグラウンドストーリーがある。常時20種類程度のハーブが栽培されている裏庭のハーブ畑を始め、白ワイン用の品種と赤ワイン用の品種を共に植え込んだブドウ畑、オリーブオイル用のオリーブの木など、ザンビーニ3兄弟のおかげでこの辺りは東京ディズニーシー全体の中でも一番と言ってよいぐらい、多種多様な植物が咲き誇り実り誇っているエリアである。
 このレストランの2階テラス席には、実際のフィレンツェでもよく見られる藤棚がある。4月から5月にかけて長い紫色の花穂が垂れ下がり風にそよぐ姿を見ながら、その下でパスタやピザとともにワインをいただくのは、東京ディズニーシーの四季を通じても1、2を争う最高のシチュエーションだ。

 大航海時代をテーマにしたエクスプローラーズ・ランディングには、「フォートレス・エクスプロレーション」という設備がある。ここには、この場所がある架空の学会──16世紀に活躍した科学者や冒険者が結成した、航海技術の発展と海洋探検を目的とする「S.E.A.」(Society of Explorers and Adventures)──の拠点として活用されているというバックグラウンドストーリーが存在している。そしてその世界観にリアリティを持たせるために、ここには大航海時代の冒険に関係した科学技術を利用した道具がセットとしていくつも配置されており、また実際にそれらを使ってみることができる。例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチが構想した人類初の飛行機である「フライングマシーン」の模型を実際に漕いでプロペラや翼を動かせたり、当時デッサンや天体観測のために用いられたピンホール式潜望鏡「カメラ・オブスキュラ」でメディテレーニアンハーバーの景色を平面的に一望できたり、といったように。
 中でも私のお気に入りは「チェインバー・オブ・プラネット」である。大航海時代のプラネタリウムとも言えるこの部屋には、16世紀初期に使われていた太陽系の模型が設置されており、天井には当時の、今から見ればやや拙い星座が描かれている。この模型のハンドルを回すと、惑星は太陽を模した電球の周りを自転しつつ公転する。部屋が空いている時にはこれらの惑星をすべて直列に並べてみるのも楽しいのだが、そうすると、惑星の重さの違いという問題に直面する。各惑星の大きさと重みの違いによってハンドルの重さが異なっており、太陽の真横にある水星は軽々動かせるが、一番外側の軌道を回る土星は非常に重くて数cm動かすのに一苦労なのだ。私は中学生のころに友達と一緒に何度もこの直列を作り、その体験を通して太陽系惑星の位置や大きさ、重みを身体で覚えてきた。中学生の私たちにとっては、人が少ないこの部屋は遊び場にもってこいだったのだ。暗めの照明に穏やかなバロック調の音楽が流れるこの空間に来れば、居るだけで心がすっと落ち着くため、今でもたびたび訪れては、当時の体験と学習に思いを馳せる。

 私は中学1年生の時から、東京ディズニーシーの年間パスポートを13年間購入し、保持し続けてきた。その理由を改めて考えてみると、なんだかんだ言っても一番大きかったのは、このような文化と教養の博物館を自分にとっての第三の場所、サードプレイスにできるということだった。学びの材料と機会がそこかしこに秘められていつつも、何をするでもなく自由に時間を過ごすこともできる空間。学びの刺激に満ちた場所だったからこそ、むしろ私はそこで落ち着くことができている。プライベートで嬉しかった出来事に想いを馳せながらパークを歩くこともあるし、パークデザインに刺激されて研究のアイディアが突如降ってくることもある。家でもなく、職場・学校でもない、オンとオフが綯い交ぜになった空間だからこそ、自由にイマジネーションの翼を羽ばたかせることができる。
 年間パスポートを持っていれば、いついかなる時でもこの第三の場所を訪れられるようになる。授業が早く終わった晴天日の昼間に、メキシコ料理屋「ミゲルズ・エルドラド・キャンティーナ」のテラス席で目の前の運河を通る蒸気船を眺めながら、トルティーヤチップスをつまみつつコロナビールを飲んで気分転換することもできる*01。朝早く起きて、開園直後から開いているアメリカのサンドウィッチ屋「ニューヨーク・デリ」で、シュリンプ&サーモントラウト・ベーグルサンドとコーヒーを嗜みながら、適度な集中とリラックスの中で原稿を書くこともできる。

 多くのゲストは、東京ディズニーシーを単なる「ディズニーキャラクター要素のある遊園地」としてしか体験しようとしない。そうした体験の仕方があり得ることに異議はないが、少し視点を変えて、東京ディズニーシーを知的冒険の可能性に満ちた一つの「地域」として捉えてみるとどうだろう。同じ場所であってもまったく異なる空間に見えてくるはずだ。遊ぶのでも観るのでもなく、ただただ東京ディズニーシーに「居る」ということ。この体験を一人でも多くの人に味わってもらいたい。