[review] Rhetorica Review

イグチユウタ|神はその先とその後に

DESCRIPTION

レビュー対象=『天冥の標』
イグチユウタ=建設会社で色々と研究をしています。趣味で未来都市研究会というのもやっています。

Fig.01

《ケルン大聖堂》 photo: Yuta Iguchi

01

小川一水『天冥の標I──メニー・メニー・シープ(上)』ハヤカワ文庫JA、2013年、kindle版 location 2563

02

小川一水 『天冥の標III──アウレーリア一統 』ハヤカワ文庫JA、2013年、kindle版 location 2375

iguchi_1 冬のある日、記録によると2015年12月25日、『天冥の標IX(PART1)──ヒトであるヒトとないヒトと』を読み終えた。1巻最初の文字から最新巻最後の句読点に辿り着くまで、幾星霜もの時間が流れたかのようだ。
 小川一水作、全10巻の予定で刊行されている天冥の標シリーズ。9巻目、通算14冊を数え、この一大神話[サーガ]は佳境を迎えている。神話というのは誇張ではなく、物語の端々に神性を帯びた表現が出てくる。そのひとつが建築様式である。
 建築様式がわかる部分を以下に引用する。
「マリネリシャン・ゴシックは二十五世紀前期に火星旧都ではやった。その百五十年前のルナー・ゴシックの剽窃だという者もいるが、おれは嫌いではない。月[ルナー]ゴシックは耐荷重性を無視しすぎたために応用が利かなくなった。建築進化の袋小路にはまったんだ。しかし、火星[マリネリシャン]ゴシックは揺り戻しでかなり健康的になった。若く、華やかで、それでいて謙虚な様式だ。地球的な建築にも使いやすい*01
「ルナー・ゴシック様式の荘厳な大聖堂*02
 一般的にゴシック建築とは高さと光に神性を見出し、それを極めようとした建築様式だ。ドイツのケルン大聖堂[Fig.1]やフランスのノートルダム寺院がゴシック建築の代表的なものだ。月[ルナー]ゴシックも“耐荷重性を無視しすぎた”という記述から推測するに、高さを求めて発展したと考えられる。火星[マリネリシャン]ゴシックも高さを求めるが、月の重力に最適化された様式が合わず、揺り戻しにより新たな展開を見せたと想像できる。
 さて、ここで重要なことは──『天冥の標』の設定にも関わるが──、人類は神を求め続けるということだ。『天冥の標』の舞台は引用した台詞からもわかるように、星霜の果ての物語である。いくら時が経ち、銀河を超えても人は神を求める。
 『天冥の標』には複数の神性存在に近いものが出現し、それぞれ標[しるべ]を残しながら物語は進む。そして人々が神を求める功罪が物語を動かす。現在進行形で紡がれる神話[サーガ]に是非とも触れて欲しい。