2015年10月25日に秋葉原MOGRAにて行われた「JACK vs MALTINE」は、海外と日本の若いインディペンデント・シーンの担い手が一堂に会する象徴的なイベントとなった。ロンドンを中心とした世界各地からアーティストを呼びつつも、そこには良い意味でどこか「オフ会」めいた緩い仲間意識が生まれていた。
今回は、Rhetoricaメンバーでもあり、「JACK vs MALTINE」のオーガナイザーであるPOKO主宰のtexiyama、そしてネットレーベルMaltine Records主宰のtomadを招き、今回のイベントを振り返りつつ、それぞれの立場から見た国内外のシーンや、そこから距離を取ることで彼らが保ち続けている独自のスタンスについて話を聞いた。
POKOオーガナイザー texiyamaインタビュー──日本から見たロンドン、ロンドンから見た日本──texiyamaさんがPOKOを立ち上げたのはご自身のロンドン留学期間中とのことですが、プロジェクトを始めるにあたっての動機やきっかけはどういったものだったのでしょうか。
texiyama──始めた時点では、そこまではっきりした理由は実は無くて、イベントをやる人になりたかったというより、面白そうだからやってみたら案外できたという感じです。留学先のロンドンで色々とシーンを見ていて、「面白さのわりには細かい技術やスケール感がしょぼいな」みたいなことはぼんやりと思ってたりはしたんですが。いま振り返ると、いくつかの理由が重なって結果的に「やらなきゃ!」となった、という形です。
一つにはタイミングの問題があって、僕が留学を開始した直後のロンドンは、SoundCloud周辺のいわゆる「インターネットっぽい」音楽シーンがかろうじて存在してるかどうかっていう状態で、そこからシーンが伸びていく時期というのが、たまたま自分が留学していた期間に被ったんです。留学前からマルチネ経由で知っていたbo enがそうしたシーンに居たこともあって、良い時期にそこに入り込むことができて。そこで今回一緒にやったJACKのSimonとか、KKB(Kero Kero Bonito)、シャーロット(Charlotte Mei)、ライアン(Ryan Hemsworth)、PC Musicの人とかとも知り合いました。
そうしたシーンを見ていて、もちろん彼らは面白いんだけど、でもそんなに日本と大きく違うわけでもなくて、音楽の技術的なレベルだったら全然日本人も通用するんじゃないかなと思ったりもしました。それで、日本人をこっちに呼んでイベントやってみたいなーという気持ちが生まれて。
あとは、彼らを始めとしたロンドンの若い世代が、必ずと言っても良いほど日本のゲームや音楽に影響されていたことが自分としては意外で、それも日本人を呼ぶイベントをやろうと思ったきっかけの一つになっています。「彼らはハードソフトを問わず、日本の色々な製品を通じて“普通に”日本を認識できているギリギリの世代なんだな」とその時になんとなく思って、そういう日本のものをバックグラウンドとして持っているロンドンの若いカルチャーの流れに今乗らないとまずいんじゃないかという焦燥感みたいなのが生まれました。
ちょうど留学に来る前にマルチネの「東京」を見て、マルチネこの後どうなるんだろう?と思ってた時期でもあったので、そのあたりの日本の音楽も通用するぞっていうのを確かめたい気持ちもあって、イベントを打って日本の良いものをロンドンの人達にも見て聴いてもらいたいという意識が高まっていった感じです。
──そこからPOKOを2度に渡って開催し、今回のJACK vs MALTINEに繋がっていったという形になるわけですが、JACKを日本に呼ぶというオーガナイズの狙いはどういったものだったのでしょうか
texiyama──今回JACKを呼ぼうと思ったのは、カルチャーごと、地域ごと、イベントごとのオーディエンスの違いが生で体感できるのが面白いと思ったからですね。例えばJACKのSimonは観客のエクスペリエンスに非常にこだわっていると自分でよく言っていて、実際にすごく凝ったショーの演出をする。それを観て日本人のアーティストやオーディエンスがどう反応するのかが知りたいなと。
そう思うようになった理由としては、やはりPOKOの2回の経験が大きいです。POKOの1回目がマルチネメインだったのに対して、2回目はProject Mooncircleと組んだことでもっとビートっぽい感じになったんですが、両方とも客入り自体は同じくらいでも、お客さんのノリは結構違っていて、そこが面白かったんですね。2回目は、POKOを一緒に主催していたYA3iのりりcosと、彼女と親しかったSubmerseがロンドンに滞在している間にイベントをやろうということになって、日本からはYosi Horikawaさんをお呼びしたんですが、マルチネとはやっぱり界隈が少し違っていて。
──今回のイベントは、タイトルからしてもJACKとMaltine Recordsがメインで表に出ていくという印象があるんですが、その中でのPOKOの立ち位置や役割はどういったものになるのでしょうか。
texiyama──一応、今回は「POKO presents」というクレジットになっているんですが、これは自分でも不思議だなと思っていて。実働はするしお金も出すんだけど、クリエイティブの管理はほとんど演者側に任せちゃう。ユニットっぽく見えるかもしれないけど、どっちかというとエージェントっぽい役割で、めんどくさいし得もないしなんでそんなことやってるのかとよく言われるんですが、うーん……まあ出たがりというのが大きいです(笑)。役割としては裏方がしっくりくるけど、でも絶対クレジットには大きく載りたい、そのために派手に動こう、という考え方です。あとは自分が作れない分、作れる人たちへのリスペクトはすごく強くあって、自分もできるだけ彼らの近くにいたいし、あわよくば自分も作ってる人っぽく見せたいみたいなところがあるのかなと思います(笑) なので、オーガナイズというよりもキュレーションという方が合ってるかもです。
Maltine Records tomadインタビュー──「最後のオフ会」、そして海外への「出没」構想──ありがとうございます。次に、tomadさんにも同じような質問をしていきたいと思うのですが、まずマルチネがPOKOと組むようになったきっかけを教えていただけますか。
tomad──「東京」というイベントが終わった後ぐらいだったと思うんですが、周囲のシーンに少し飽きていたというか、もはや国内でマルチネにやれることがないなという気持ちがちょっとあって、それでPC MUSIC周辺のロンドンのシーンをあれこれ掘っていたときにtexiyamaさんを見つけて。以前からロンドンの人たちと絡みたかったけど、言語的な問題とか、あとは現地にいて向こうと既に関係を持ってる人じゃないと日本からオーガナイズするのは厳しいだろうなという実感もあったりしたので躊躇していたんですが、そんな時にtexiyamaさんと日本で話す機会があったので、ロンドンでイベントできませんかと相談して徐々に形にしていったという感じですね。texiyamaさんにも謎のやる気があって……。今回についても、マルチネだけで外国人アーティストをあれだけ呼ぶのは現実的に大変だったと思うのと、どうしても両者を入れる器がないとイベントとして成立しづらいなという実感があったので、JACKとマルチネの間に入ってバランスを取る役目をPOKOに担ってもらっていました。
──POKO以降、海外のアーティストやシーンと絡んでイベントをする機会も増えつつあるとは思うのですが、今回のイベントの開催にあたってはどういった思いがあったのでしょうか。
tomad──そうですね……なんとなく「最後のオフ会」みたいなイメージはあります。これは誰に共有するわけでもなくて一人でひっそり感じていることなんですが……今回のイベントはあんまり極端なストーリーづくりをせず分かる人だけが分かるように唐突にやろうと思っていて、そのやり方がオフ会っぽいんだけど、でもこのタイミングでそれがやれている事実が重要というか、たぶん1年後だともうシーンの移り変わり的に厳しいだろうなと、今のこのタイミングで多少無茶をしてでもJACKを東京に呼べて良かったなとは思っています。
オフ会について言うと、たとえば2010年ぐらいからTwitter上で交流してリアルで会うみたいなことがマルチネ周辺のイベントのスタンダードなノリになっているなと思っていて。日本ではそれが回転しすぎて日常と地続きになってきちゃってるっていう状況があると思うんですね。大きいメディアと協力しているわけでもないのでイベントやる方法がそれしか無かったし、淡々とその手法でやり続けていたんだけど、そうしたらそこにいつの間にか外国人まで登場してて(笑)
──久々に新鮮なオフ会っぽさがあったと。
tomad──そうですね。オフ会ノリのイベントって、日本ではそういうのが結構早い段階で発生してたけど、JACKはそれを欧米圏でやろうとしているように見えます。いま自分たちが日本でオフ会をやろうとしても、オンとオフが既に接続された状態なのでオフ会が社会っぽくなってる……。かといって今後もこの新鮮さが続くかというと、JACKと一緒にグローバルな感じでやるにしても、もはや飛行機代だけ払えば全員すぐに会えちゃうからあんまりオンとオフの境目も無くて、いつの間にかオフ会って感じもしなくなるだろうなと。最後のオフ会というか、会うべき人には会ったので第1章終了というか、そういう気分はありますね。
──だとすると、第2章はどういったものになるのでしょうか。
tomad──とりあえずまだ海外で色々とやりたいなとは思っていて、まずはアメリカですね。でもこれは進出とか展開とかではなくて、イメージとしてはマルチネがあちこちに出没していくような感じです。出没、だからある意味ではもっとアンダーグラウンドになっていくのかもしれない。今までだったらわりと一本道で、ネットからメジャーとか、日本から国外へ、とかだったと思うんですが、そういう目に見えるコースっぽいものじゃなくて、どこで何してもいいよというゲームっぽいものになる気がしてます。マリオカートからグランド・セフト・オートになっていくイメージというか。
だから今回のイベントの自由さとか、ある種のゆるさみたいなものは、そういう次のステージの象徴みたいな感じで捉えられるんじゃないかなとも思っています。
「JACK vs MALTINE」を振り返る──「祭り」を演出するために──ここからは、今回のイベントの感想などをお二人で話してもらえればと思っています。まず、ざっくりとした総括というか、やってみての率直な感想をお聞きしたいと思うのですが。
texiyama──きついスケジュールでしたが、わりと順調に終えられたし、出演者同士のソーシャライズもできたし、やりたいことはできたかなーという感じです。個人的にも、今回レーザーでの演出を担当してくださったhuezの方々と知り合えたのは嬉しかったですね。マルチネの「天」の演出がかっこよくて、ぜひ彼らにお願いしたいなと前から思っていたんですが、実際会ってみたらマインドもとても近くて、やりやすかったし楽しかったです。
──tomadさんはいかがでしょう。
tomad──いやまず疲れたなと(笑) やっぱり出演者が日本人じゃなくて外国人というのは未知のコンテクストが多かったので。例えばロスディケのメンツだったら、箱押さえて告知してパーティやってっていうのはすでに雰囲気も共有できているのでスムーズなんですが、今回はノリの共有とか意思疎通とか、そういう準備に時間がかかった……。JACK vs MALTINEの前にRedBullのカラオケ館があったり韓国でイベントしたりっていうのがあったので、そこでお互いに馴染んでいって、最後にMOGRAで本番をやれたのは良かったかなと思います。
texiyama──ノリを作っていくことに関しては、やっぱりSimonがうまいなと感じてます。彼が一番得意なのは、パーティー本番の演出というよりむしろ実はアーティストとのコミュニケーションなんじゃないかなと思っていて。例えばロンドンでも、彼がイベントの前に出演者全員家に呼んでパスタ振る舞って、みんながその様子を写真で撮ってどんどんTwitterに上げていって、それでだんだんクルー感が出てきたということがあったので、とにかくそういう機会を作るのがうまいなと。
POKOの2回目をロンドンでやったときには、僕もSimonに倣って、Yosi Horikawaさんが滞在する間にできるだけ多くの時間を一緒に過ごしてみたんですけど、やっぱり実際に会って時間を共にすることはとても重要だなと改めて思いましたね。ベタすぎるけど、言葉が通じなくても一緒に飲み行ったりすることで演者同士のコミットメントが全然違ってくるし、僕自身のモチベーションにも繋がる。「インターネット上の関係をフィジカルに補完するイベントをやる」というPOKOのコンセプトも、この実感に基づいてます。
今回も、そういう経験をちゃんと活かして演出できたのは良かったなと思ってます。普通に外国のアーティスト呼びました、じゃなくちゃんと同じものを共有してイベントができたというか。
tomad──単発で外タレ呼んだだけでハイ終わりみたいなイベントじゃなかったのはよかったですね。滞在期間中のイベントが全部一連のプログラムみたいに感じられたというか。告知がはじまった時にvsネタ画像の貼り合いが起きたりとかもあって面白かった。期間が長かったこともあり、金銭的なコストと、あと体力的にも気力的にも割くものが多かったので大変だったというのはありますが(笑)
──確かに、今回はJACKだけでなく、先程も話に出てきたKero Kero BonitoやCharlotte Meiも同じ時期に日本に来ていて、お祭りのような盛り上がりがありましたね。それぞれ別のところから呼ばれて来日していたと思うのですが、そのあたりの示し合わせはお互いにあったりしたんですか。
texiyama──ロンドンに居たその辺の人たちで作っているSNAFU CRUというチャットがあって、一応そこで情報共有はしてました。KKBを呼んでいたYA3iのりりcosもそのグループに入っていたので、そのあたりはうまく調整して。
tomad──KKBの出るイベントとJACKの日程が被らないようにとか、そういう地味な情報共有はありましたね。
JACKとMaltineの類似──シーンとの距離感を保つtexiyama──これはイベント後にシャーロットとご飯を食べていた時に話していたことなんですが、JACKやSNAFU CRUは、クラバーでもカウンターカルチャーでもアートスクールでもなくて、どのジャンルやクラスタとも距離を取っているんですよね。そしてそのスタンスについてかなり自覚的なんですが、そういう位置取りがマルチネと近いところなのかなと自分としては思っていて。例えばロンドンにも日本のアニメファンとかはかなり居て、それぞれフィギュア買ったりコスプレしたりとかしてるけど、SNAFU CRUはそういう「日本文化=アニメ・マンガ」的なコミュニティから距離を取りつつ、わりとフラットに日本の音楽や文化を受容しているというか。そのあたりの距離感が、マルチネが他のシーンやオタクカルチャーとの間に保っている距離感にすごく近いように僕からは見えるんですね。あるシーンやジャンルからの距離の取り方としては、たとえばPC Musicのように、日本文化からの影響を受けつつもその要素を意図的に隠したりわかりづらく処理したりする、というやり方もあり得るけど、マルチネとJACKはもっとvagueなキュレーションで、ゆるいコミュニティを作って人をそこに集めていってる感じ。でもこういう共通点は最初から気づいていたわけじゃなくて、POKOとかをやっていく過程であまりにも似ているということに気づいてむしろ驚いたんですよね。
tomad──あー、なるほど。それで言うと、マルチネとJACKは組織の作り方というか人と人との距離感がすごく似ているなとは感じました。例えば、マルチネのアーティストはマルチネに「所属」しているわけじゃなくて、作品をその時々でリリースしてもらうという距離感を保っているんですが、でもリリースした作品やアーティスト同士の関係性は意識していて、こことここは友達、みたいなのを把握した上で依頼することも多くて。そうやって、個々の関係性も踏まえながらリリース全体として見た時にどういう風景が描けるかを意識してやっているんですが、JACKにおいてはその役割を果たしているのがラジオやイベントなのかなとは思っています。数人で固まって動くようなクルーっぽい感じは無く、そのつど関係性をうまく心地よく配置していくというか。
あと、これはマルチネ目線なんですが、そういうノリでやっている人たちが海外から出てきたというのには結構驚きました。実際やる前はそのことをあんまりわかっていなかったんですが、一緒にやってみて、すごく近いことをやろうとしているんだなと。でもそういうのって、言ってしまえば日本ぽさというか、具体的には2chアングラ的なところから続くノリが背景にあるのが重要だと思っていたので、それが海外でもあるのかーと思って意外でしたね。
texiyama──あー、2chは無いけど、なんだろう、Twitterが重要だったのかな。
tomad──確かに、最近になってTwitterも翻訳機能がついたりしてて、あとはビジュアルのやりとりもそこでできたりするから、わりと言語の壁関係なくノリの共有はできてる気がします。
texiyama──絵文字とかも僕らはよく使うしね。なんかこう、“kawaii”の「日本文化=アニメ・マンガ」的なかわいさと、“cuteness”が持ってる英語圏のキッチュなかわいさのニュアンスの違いというか、そういうのがある気がする。JACKやSNAFU CRUが使うのは後者。
──外から見ていて、コミュニケーションのノリが非常に似ているなという印象はあります。アングラっぽいけど煽り過ぎず、かつスノッブでもないというか、力は抜けてるけどちょっとしたシニカルさはあるというか、そのあたりのバランス感覚は非常に近いのかなと。
tomad──自虐と皮肉の中間みたいなところなのかな……。雰囲気も含んだビジュアル面として、お互いのロゴの相性が良かったのが象徴的かなという気もします。タミオさん(GraphersRock)の隠れ持っているカワイイ部分や無国籍的なイメージとJACKのロゴのテイストが近くて、ちょうど同じくらいの集団の雰囲気が出せたのかなと。
texiyama──さっきの、特定のジャンルに軸足を置き過ぎないって話と同じっぽいですね。そうするためにあえてゆるく見せていくというか。
──『Maltine Book』掲載のロスディケ対談(LOST DECADE talks about Maltine Recoeds)の中でも、ジャンルにこだわりすぎないようにしているという話がありましたね。
tomad──僕とリスナーが飽きないように色々やるようにはしているっていうのはあるんですが、あとはジャンルを見て欲しいっていうよりも、どのジャンルからどのジャンルに飛んだかっていうのを見ていて欲しいというのがあるんですよね。なかなかそこまで見るフォロワーは少ないですが……。
texiyama──逆に、JACKとマルチネの違いはどう?
tomad──うーんどうだろう……でもマルチネのが陰湿だと思うんですよね(笑) それも日本性というか……わかりやすい話で言えば、JACKとZOOM LENSは一緒にできないけどマルチネとZOOM LENSは一緒にできる、というのがあって。ZOOM LENSにはある意味日本よりも日本の国民性があるなと感じているんですが、そこがJACKとの違いかなと。
texiyama──あー、なるほど。
tomad──あとはやっぱり、共通のコミュニケーションツールとして2ch的なカルチャーというかノリが一応背景にあって……というところはあるのかな。
texiyama──JACKの方も、個々人はそういうノリを持っているけど、その背景に何かネット的なものがあるわけじゃないしね。
tomad──それがロンドンから出てくるというのはわかるといえばわかるんですけどね。アメリカからは出てこなさそうだなとか。
あえて「打ち出さない」──PC Musicとは異なる路線の模索──そうしたノリの作り方によって、作り手とフォロワーが同じ方向を向いている状態が作れていることがマルチネの強みであり、インディペンデントらしさでもあるのかもしれません。
tomad──そのために、あまり打ち出し過ぎないようにしようとは思ってます。限界まで分かりやすく打ち出したとしても、10周年という節目に制作された『Maltine Book』とかがピークかなと。
texiyama──「東京」は?
tomad──あの時期は打ち出そうと思えば打ち出せたという実感はあったけど、そこは結構悩んだ上で、自分達の範囲を超えて打ち出さないようにしようと思いましたね。例えば一気に資本増強してプレスや広告を色んな所に出してとか、運営の人雇ってとかは考えてない。
──運営手法をシステムとして確立させて、人の手に任せるという方法はとらない、と。
tomad──分かっている人がやってる感を出したいというか。仮に誰か知らない人に任せてもアウトプットはそこまで変わらないかもしれないので、それはなんというか、倫理的な感覚かもしれないですね。だからPC Musicがメジャー的な感じでやってるのは驚きました。良い悪いではなく、そういう道で行くのか、と。そこで明確に違いが出てきたなと。
texiyama──でもある程度は大きくしていく方向で考えてるんじゃないの?
tomad──うーん、とりあえずマルチネとしてはメジャーと契約するつもりがなくて。でも各アーティストがメジャーに行くのは良いんです。その供給はできるかなと思っていて、そのためのポンプになりたい。前線ではマルチネは戦えないけどそこに人は送り込めるし、それをやることで結果的にリスナーを獲得していけるのかなと。なので、マルチネ自体が直接マスを狙っていくということは無いと思っています。端的に向いてない。
──なるほど。少し脱線になりますが、先ほどから何度か話に出てきているPC Musicについてもお聞きしたいんですが、彼らのどういったところに注目していますか。
tomad──PCについては……自分たちと同世代で、本当に急に浮上して一気にメジャーになっていったという印象があるので、ネットを使ってそういうやり方があるのかと、同じレーベルをやってる身として衝撃が大きかったのを覚えています。時期的には2013年とかですね。後から掘り返すと、2010年ごろから準備している感じがあって、2012年ごろにロンドンでコネクション作り始めていて、そこから一気に。でも日本から見てるとそういうコンテクストはわからないし、本当に急にネットから出てきたように見えた。ちょっと調べて、エイジー・クックって人がやってるっていうことだけわかって、facebook見るとみんなゴールドスミスの人で、アート文脈意識してるなあとか。そういう感じで個々の人たちの背景も含めて興味を惹かれたというのはあります。
texiyama──今回Simonにインタビューをして面白かったのは、急に現れたように見えたPC Musicにもやっぱりローカルな背景があったってことですね。アウトプットされるコンテンツだけ見てるとヴィジュアルイメージから曲が作られている感じがするというか、ニューメディアのアート表現の文脈を積極的に取り入れていて、当然評論家もこぞってなんか書くし、待望されてたモノをアートスクールの連中がぽっと出した感があるんだけれども。
tomad──そういうところも含めてとにかく戦略的だなと思いました。PC以前のインターネットぽいムーブメントだと、VaporwaveとかSeapunkとかがあったけど、その背景とか失敗とかを踏まえて出てきている感じが物凄くあって、初めから作り込まれたメジャーっぽい表層を持っていた。興味深いのが、意識的に日本的な意匠を流用してると言ってるインタビューがあったりして、エイジー・クックのDJミックスにMOSAIC.WAVが使われていたこともあって、日本ぽい電波ソングを脱臭して表層だけを自覚的に取り入れていたのがわかったりとか。あとはビジュアルの面で小悪魔agehaに影響を受けているという話もあった。過剰にレタッチする感じとか。そういう現代日本的な要素をロンドンに合うように漂白してアイデアの種にしているように見えましたね。ビジュアル面も含めて戦略に一気にリスナーを獲得していくという様子を見ていて、それはマルチネになかなかできなかったことなので嫉妬もありましたが、でもこことの違いを明確にしていかなきゃいけないなとも思ったりしました。
texiyama──PCは単純にアートの人と音楽の人とが同じ教室で授業受けてて、意気投合してなんかやるか!ってなったんだと思うんですけど、そんな感じでも、ロンドンでしっかり戦略的にやれば一気に世界進出できるっていう。そこに個人的に複雑な思いもあったりはするというか、やっぱり白人のカルチャーだなというか。これはたまに冗談として言ってるけど、マルチネがもし白人で、アメリカでスタートしてたら、もう世界規模のムーブメントになってたのに、ってことですね。
「何が起こるかわからない」場所を探す──なるほど。ロンドンの話も少し出ましたが、東京で活動する若手として、今の日本のシーンをどのように捉えていますか。
tomad──うーん、トラックメーカーと自分とでは考えてることも違うし、そもそも自分はもう若くないなとも思っていて。Simonも若くはないじゃないですか。自分のプレーヤーとしてのキャリアをある程度終わらせて、オーガナイザーの立場でやっていっている。自分も主軸はもうプレーヤというよりレーベル運営なので、そういうとこは似てるかなと思っていて。若くないというのは、要するに毎回100%全力で行けないというか、ここはボチボチいって流れ作って次で当てるぞとか、そういうのピュアじゃない考えをしちゃったりしているので。
texiyama──(笑)
tomad──年下世代の若者たちはやっぱり元気で、何も考えずに自分たちのやりたいことをやれるという良さがあるので、そこは変に萎縮しないで欲しいなと思っています。ある程度レーベルとかやっていると遠いところにあるのに業界というか、音楽産業としての動き方というのが見えてきてしまって面白くなさは感じるので、そことは違う道を若い人には期待してます。やっぱり何かやるにしても、先が見えてしまうものはつまらないなと常々思っているので。
texiyama──それで言うと、SXSW(South by Southwest)とかはどう?
tomad──SXSWとかはむしろ良いですよ。何が起こるかわからないのが良いですよね。今回のJACKも、何が起こるかわからないからやりたいと思ったし。例えば今だったら、リキッドでまた「東京」みたいなメンツでやったらこうなるだろうな……とかだいたいわかっちゃうけど、それはつまらないので個人的にエンターテインメントとして問題があるなと思っています。
texiyama──ロスディケは?
tomad──ロスディケは……あれはまた別の軸があるから……。
texiyama──別の軸(笑)
tomad──いやまあとにかく、マルチネは会社じゃないので、何が起こるかわからないことをやっていきたいし、今あるものと違うことをやっていきたい。そう考えているから、何もやることなくなると辛くなるというか、わからない場所がなくなっていくと憂鬱になっていく。
texiyama──それは外から見ていてすごくわかる。「東京」終わったあと、あートマドさんやることないんだろうなーと思って、それでチャンスと思って声かけたんですよね(笑)
オーガナイザーとしての在り方の違い:クリエイターに対するスタンスtexiyama──でもなんか、今の話を聴いてると、インダストリアルじゃないことをやるってことについては賛同してるし、最終的には同じなんだけど、なんか認識してるレイヤーが違うというか……うーん。僕はやっぱり、とはいえ広く認められたい、みたいな気持ちはすごく強い。
tomad──うーん、それで言うと僕は中庸というか、認められたいとか認めさせたいって気持ちはありますよ、あるんですけど……認められたい人に認められればいいかな的な。認められたい特定の人はそんなにいないけど、出してればそういう人がいるかもとか、人が変わるかもみたいな希望がある。そうじゃないとあまりにも絶望するというか……。出してくと、実際変わったなという体感もあるし。
でも、違いってことで言えば、texiyamaさんは、0から1を作る人ではないってところがあると思ってて。どちらかというと「1を10にする」感じかなと思うんですよね。
texiyama──それはわかる。何もないところから、一つのものを作るのはできない。ほんとにできない。0から1を生み出すアーティストがいて、その人たちをキュレーションしたりサポートしたりしたいし、それしかできない。
tomad──僕は0から10までやりたい、っていうイメージはあります。でもまあ、0から1を作る人に対する申し訳無さみたいなのはあるというか……。もっと頑張れよ的な気持ちというか……「0から1」の人のことをいつも見てるから、やんないともったいないっすよって気持ちはある。
texiyama──でも意外と音楽だと「0から1」の人多い気がするというか、1を10にする人がそんなにいないなと思う。いたとしても、あんまり機能してなかったりダメだったりして。
tomad──それはでも、texiyamaさん的な問題意識ですね。確かに1を10にするやり方とか色々アップデートされてないなって感じはあります。あとは最近、創作活動に関しても、0から1まででいいやって人増えたなとは思います。僕ら世代より若い人ほどそういう傾向ある気がする。インターネットで「0から1」が見えやすくなったと思うんですけど、そもそもネットは「0から1」に特化したメディアで、個人での発信はみんなやってる。その有象無象の中からどう伸ばしていくか、そこを考えないと何も生えないというか……。そういう意味でも、1を10にできる人が今後重要になってくると思う。
texiyama──自分としても、そういう認識があるからめっちゃやる気出てくるというのはある。
tomad──あとは、文化における費用対効果ですかね。どうしても相対的に年取った人の方が伸ばす側に回りやすくて、そこで世代的なズレも出てきちゃうから、それもミスマッチの要因なのかなとも思うんですよね。それで言うと、texiyamaさんは珍しくこの年で「1から10」をやってる人だから良いのかなと思ってます。
texiyama──めっちゃゼロイチ寄りというか、0から1を作れる人への憧れが根深い。本当にうらやましいので……(笑)
今後のビジョン:アメリカ行き、そしてその後──「アジアのナードを躍らせる」──最後に、今後の構想をお伺いできればと思います。先ほど、マルチネ第2章ということで、アメリカへの出没の話がありましたが……。
tomad──とりあえずはやっぱりアメリカやりたいですね。そこにはまた日本とは別の広がりの仕組みがある気がしていて。日本とアメリカの間に隙間がないかなと思って狙っている。アメリカの「1から10」のシステムと、日本のシステムとの間をくぐり抜けるような道筋があるのかなというのを期待しているところがあって。さらに最終的にはアジアに行きたくて、つまり何もなさげで、整備されてないところに行きたいなと。そこでマルチネイベとかをやりたい。
texiyama──アジアのどのあたり?
tomad──タイとか、中国とか。日本のパイをこれ以上増やすにはマスに合わせないといけないと思うので、それとは違った道があるかなと。
texiyama──今でももうできるんじゃないの?
tomad──いや、やろうと思えばそりゃ、実際に動いていけばできるとは思うんですが、ただ行けばいいわけでもなくて、できるだけやるのを遅らせたいんですよね。そうじゃないと単発でやるだけだとすぐ終わってしまうというか、何も起こらない。
texiyama──確かにアジアに行く機運とか作れたら面白いかも。
tomad──それぐらいしかもう……無いですよね。内輪を広げていくには母数を広げていくしかないというか。アジアのナードたちを躍らせるヤバさ。
texiyama──ヨーロッパは遠いしね……。
tomad──ロンドンでギリって感じはありますね。そういえば、ベルリンでマルチネのウケがめっちゃ悪いって話も最近聞いて、ドイツが最果てかもしれないなと(笑)
まあそうなるとアメリカからアジアルートがいいのかなと思ってます。旅費がかかってくるっていうのはありますよね。旅費だけ基金みたいなの作って欲しいなあと。
texiyama──いやなんでこっちを見る(笑)
tomad──1億円でもやれたら全然変わってきますよ日本の文化戦略。5人くらい運営者いれば回せますよ。広報とかもちゃんとやって。
texiyama──いやいやいや……もちろんやれたらいいけど。
tomad──移動費にしかお金出さないっていうのはシンプルだし楽でいいと思う。というわけで、お願いします!やるしかない!
texiyama──いやー……まあ、はい、頑張ります。
──日本文化の将来について素晴らしい結論が出たところで、対談を締めさせていただきたいと思います。ありがとうございました!
[2015年10月16日──於RhetoBase]