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レビュー対象=佐藤思案『空想的体温』デス・デジタル=邪悪なノイズ・ミュージックの信奉者にニンジャソウルが憑依。モータルだった頃は、ユウ・ウスイと名乗っていた。初出=Rhetorica #03(URL)ほかのレビューも読む(URL)
レビュー対象=佐藤思案『空想的体温』デス・デジタル=邪悪なノイズ・ミュージックの信奉者にニンジャソウルが憑依。モータルだった頃は、ユウ・ウスイと名乗っていた。初出=Rhetorica #03(URL)ほかのレビューも読む(URL)
佐藤思案『空想的体温』https://soundcloud.com/satooou/daydream (Accessed on February 8, 2016)
ちなみに、同曲のSoundCloudにおける個別URLには“daydream”が指定されている。
雨歌エルはUTAU音声ライブラリのひとつ。UTAUを人間の歌声に近づけるために採用された技術については、UTAUオンリー同人イベント「みんなのUTAU 2014」で頒布されたドキュメント「UTAUとボカロってどう違うの?」http://utau.blueskywings.net/utaupanel.pdf (Accessed on February 8, 2016)を参照されたし。
初音ミクは2007年にクリプトン・フューチャー・メディアより発売された、初めての日本語用VOCALOID2製品。
Apple Musicには、ラジオにありえたはずの“Don’t miss it.”の一言もなく、ぼくたちは通信制限のお知らせを困り目と薄ら笑いで受け取るようになった。かといって、無音がもたらす裸耳[らじ]鳴りのサイン波に耐えられるはずもなく、布団に潜り込んでしまいたい──あるいは、Cubaseでつくられた高級寝具並みの低反発音に身を委ねてしまいたい。プロの音源に食傷しつつもアマチュアを掘る気にならないときには、そんな誘惑に駆られてしまうものだ。
さて、2015年はストリーミングサービスが本格的に上陸した年だった。とりわけ7月1日から日本でサービスを開始したApple Musicは、プレイリストを中核に据えたUIと三ヶ月間無料のトライアル期間によって、瞬く間にユーザーを獲得した。年末に無数の年間ベストがSNS上に作成されたことも記憶に新しい。神経を冷ます余裕すら与えず、ヘッドホンからジャック・インされ続けるプレイリストたち。とはいえ2016年最初の衝撃は、そんな喧騒とは無縁にひっそりと訪れた。
佐藤思案は作詞・作曲・イラスト・動画制作までを手掛けるマルチ作家で、楽曲には自作の動画やイラストが添えられている*01。早速その楽曲『空想的体温*02』を聴いてみると、佐藤がつくる低反発のCubaseにより、ぼくたちはまさしく微睡み[デイ・ドリーム]の最中に置かれることになる。それは歌い手の姿を聞き流させることにも寄与する。しかし、聴き終えて判明することになる歌い手の正体が非-人間の「雨歌[あまが]エル*03」であったという事実は、すぐさまぼくたちの目を醒まさせることだろう。
初音ミク*04の登場から、早くも10年が経とうとしている。いまだにボーカロイドやUTAU楽曲において、いわゆる「機械っぽい声」という印象を抜け出るものは少ない。特に口を閉じることなく発声しているように聴こえるという特徴は、いまだ解決が難しいようだ。しかし、佐藤思案の楽曲『空想的体温』における雨歌エルは──スタッカートやコブシにほんのわずかな機械の痕跡が見られることを除いて──、「神調教」タグのついた楽曲群でさえ比較にならないほど自然な人間の歌声なのだと言える。
それゆえにむしろ、佐藤思案のニコニコ動画における不在にこそ注意を向けねばならない。ニコ動の上であれば「神調教」からの圧倒的な距離において彼女の勝利は揺るぎないものだったろう。けれどもそのプラットフォームから語り落とされた結果、佐藤思案はただTumblrの片隅で、無限のリブログとライクの奔流に飲み込まれている。だからぼくはこれを救済すべくこの一文を綴っている。渋滞の中で小刻みにアクセルを踏む最速の後追いに疲れたなら──ここでぼくはストリーミング前提の聴取環境における速度の政治、あるいはサイバネティックス的気散じのことを念頭に置いている──、たまにはこんなのもいいかもしれない。
そろそろ10年が過ぎる。あの頃ぼくたちが感じたはずの熱狂が、佐藤思案の先には広がっている。