[review] Rhetorica Review

tofubeats|信じる者は、

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tofubeats=DJ/音楽プロデューサー/神戸市在住ほかのレビューも読む(URL

 もはや最初になんでファンになったのかもいまいち思い出せない……と書き出している最中にそのきっかけを克明に思い出せてしまった。思い出せない方がなんか文章としていい感じに滑り出せそうだったのでそう書いてみたが、安易に事実を捻じ曲げるのは我々のような人間の悪い癖である。冷蔵庫にあるヤクルト、部屋の片隅の電子サックス、代官山のクラブ、一見関係のなさそうなこういった要素さえも、自分の中で強引に結びつけてしまうのだ。

 7月13日、その日僕は横浜に居た。メジャー2ndフルアルバムの製作が大詰めで、様々な作業や面倒なやりとりがまだまだあり、心許ない日々を過ごしていた。最初のタイアップ曲の難産を受け、敢えて「POSITIVE」というタイトルで進んでいたこのアルバム──満身創痍だった”First Album”の次にどのようなものを作れば良いのか、ずっと悩み続けていた。気持ちをどこに向けるべきか、どこにこのアルバムを連れていけばよいのか……。

 そんな春にある舞台の情報が入ってきた。僕はこの舞台を区切りにアルバムを仕上げていくことに決めた。きっとこの観劇の旅はtomad社長から頼まれていたマルチネ・レコーズ10周年の曲を仕上げるのにもぴったりなものになるだろう。

 幸いなことに、何年もDJで全国に行かせてもらっているとじゃらんのポイントが貯まる。僕は贅沢に前乗りして2泊3日、横浜に遊びに行くことにした。1公演の観劇以外他に何も予定はない。DJもしない。毎月何度も新幹線に乗っていたが、プライベートとしての旅は、去年はこの1度だけだった。

 観劇の前日、ホテルに到着して、僕は早速作業を始めることにした。といっても楽曲はだいたい仕上がっていた。すべきことは、神戸と違ったこの場所でこの曲を聴き、最後の調整をすることだ。中座してはホテルのすぐ横の山下公園を歩いた。神戸と違ってもっと広い太平洋が広がっていた。大きくて美しい船がとまっていて、海が光っていた。とんでもない猛暑ではあったが、少し座ってしばらく海を見た。普段居る場所ではないところでこそ普段と同じことをすべきである。
横浜のホテルにて 翌日の観劇はとても楽しかった。生まれて初めてその人を見た。彼女はキャストの中で特別に光り輝いていたわけでもなく(麗しかったが)、興奮しすぎた僕が気絶することもなかった。そんな当たり前のことを確認できた。もちろん彼女を見られたのは嬉しかったが、とくにそれを伝える相手もいない。ただ、たぶんこれは大事なことだ、と思うことにしよう。

 『ペール・ギュント』は戯曲としてはわりと定番なものに数えられるらしい。主人公ペールと最初に結ばれた娘、そして最後まで待ち続けた女性こそ、彼女が演じたソルヴェイだった。中盤からは彼女はしばらく登場しない。僕はそもそも舞台に見入っていた。自分が「中庸」ではないことを証明できずにボタンに溶かし込まされそうになるペール。彼は最後に、唯一の証人であるソルヴェイに再び出会い、彼女に子守唄を歌ってもらいながら永眠する。

 帰りにパンフレットと劇中曲のCDを買い、劇場を後にした。馬車道のあたりなどは歩いていて気持ちが良い。タバコを吸って、そしてほとんど仕上がっている曲をiPhoneで聞きながら、すこし長く散歩して関内駅のガストで夕食をとった。そしてまた同じ道を引き返してホテルに帰った。夜中の山下公園は静かだった。室内でタバコを吸う習慣はクラブ以外では無いのだが、珍しくホテルの室内でもタバコを吸った。日記を書こうと思ったがまとまらなかった。
KAAT前
 三菱UFJニコスのCMは2007年のもので、もうyoutubeでは見られなくなってしまっている。一十三十一さんが歌った浮遊感のある音楽に合わせて色々な人が指でカードの形を作り、微笑みを浮かべながら画面の上に現れる、といったものだった。若い夫婦、お年寄り、様々な人々が映し出されるなか、その最後に現れていた人こそ彼女である。実家のリビングでそのCMを見たのを覚えている。何が特段気になったのかはわからないが、その後部屋のデスクトップパソコンで「UFJニコス 女優」と検索したのがすべてのスタートだった。

 僕も昔はインターネットで活動するただのアマチュアだったので、マルチネ・レコーズからの最初のリリースは応援していた彼女の画像を編集してジャケに使った。2009年正月のことだ。そこからなんとなくモチーフとして使っていくなかでファン度は高まっていき、周囲からのリアクションもあって毎度彼女の画像を使った。今となっては本当に申し訳なく、五体投地して謝りたい。しかしそんなエンジンを積んだアルバムは一部で評判になってしまい、自分の名前も変にネットの中で浮上してしまった。2011年にその名義を終了させたのは、tofubeats名義で頑張らねばならなかった時期だったというのが半分、これ以上彼女の画像を使って迷惑をかけたくなかったのがもう半分だ。それらの画像は、今は僕の意思ですべて差し替わっている。

 その頃の自分は確実に悪い意味でのオタクだったと思う。ネットに上がる情報をすべて確認し、RSSに更新があると喜んだ。たっぷりあった学生時代の時間をなんとなく使っていた。ただ、赤の他人の言動に一喜一憂しすぎるというのは少し異常だ。自分も人前に出るようになるうち、色々なことにいい加減気がつくことになる。人間は相手の立場にならないと他人を慮ることもできないのかと感じた。
 この舞台を見る頃には、正直彼女の出る映像とかをすべてチェックしているわけではなく、なんとなくSNSを見たり、ドラマとかを見られる時に見たりする普通の「ファン」になっていた。今は偏執的に誰かを追いかけたりチェックしたりすることはもうやめた。ただ、せっかく2007年から活動しているのを知っているから、うまくいってほしいし、良い作品に出ていてほしいし、そういうのを見られたら嬉しい。自分が知っていて応援しているものが(大きい意味で)成功してくれると、自分の視点が間違っていなかったように思える。だから、舞台が楽しめたこと自体が嬉しかった。

 横浜での数日は結局気休め程度にしかならず、またマスタリング前の取材が続く忙しい時期に戻っていった。この楽曲の作業自体は自宅で完結していたが、曲名をなんとなく「I Believe in You」にしたのはこの旅がきっかけだった。この言葉が誰から誰へと宛てられたものなのかはよくわからないが、人の能力や才能、そして魅力を「信じる」とはどういうことなのかを、この旅を通してとても考えたから、としておきたい。実際、それはどういうことなのだろう。皮肉を込めるようでなく、呪いをかけるようでなく。そんなことは自分には超絶難しいし、全然できていないのだが、そういうことこそPOSITIVEのテーマにピッタリだ。聞くたびにそういう自分に気がつくことにもなるだろう。いつも言っていることなのだが、音楽はこういった気持ちを日記として、圧縮して記録できるのが好きだ。

 結局何が言いたかったのか? 自分の曲をオススメしたいのか? いや、そんなことはない。この女優をオススメしたいのだ。ただ、具体的な魅力を説明をするのは野暮ってモノで。そもそも「そういう存在」なんて好みのタイプだったら実は誰でもよくって、ただ2007年に実家のTVでたまたま衝突したというだけなのかもしれない。それでも、自分にとって「信じる」というのはそういう存在に賭けてみる(大層な言い方だが)ということなんだと彼女に気付かせてもらった。自分たちが思っているよりすべてのことは不安定だから。そんななんとなくの偶然をつなぎとめるのがファン行為なのかもしれない。

 そしてそんなことは本人は知る由もない。それでいい。そうであって欲しい(笑)。