[review] Rhetorica Review

田村俊明|クエスト:狂乱の呼び声(degree of frenzy)

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レビュー対象=ティルトマネジメント田村俊明=フレーバーテキスト『何かに熱中した時に、「やつ」は背後にいる。舌なめずりし、囁く。おつかいクエストは甘え──』初出=Rhetorica #03(URLほかのレビューも読む(URL

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http://radish.diarynote.jp/201304211553046799/

 ゲームやスポーツが有史以来これほどまでに人々を熱中させてきたのはなぜだろうか。それは、プレイングという行為そのものが、つねに紛れもなく現実のわたしたちのものだからだ。勝利を阻む最大の敵、すなわち思考し選択し行為する「わたし」がもっとも強く意識されるのは、プレイヤーがティルト[tilt]と呼ばれる状態に陥った時である。
 ティルトとは何か。一般的には、それは「プレイヤーが予期せぬ事態に陥ることで動揺し、勝利のための合理的な選択ができなくなっている状態」のことを指す。もしも読者の中にMagic: The Gathering(カードゲーム、通称MTG)に馴染み深い者がいればマリガンティルトについてご存知かと思われるし、本稿の元ネタ*01である記事にも覚えがあるかもしれない。
 マリガンというのは元々ゴルフの用語のひとつで、下手なプレイヤーが一打目を失敗した際に、マリガンを宣言することで再度一打目を打ち直すことが出来るルールのことだ。MTGでは、最初に引いたカード七枚が意にそぐわない場合にマリガンを宣言し、カードを引く枚数を一枚減らすペナルティを負って、再度カードを引き直す権利が得られる。そして──マリガンはつねにティルトのリスクと共にある。

 七枚のカードを引く。勝利のために必要なコンボの起点となるスペルが七枚、土地が零枚。土地がなければスペルを使うことが出来ない。したがってこの手札からゲームを始めることは出来ない。マリガンを宣言する。
 六枚のカードを引く。土地が一枚、そして勝つために必要なスペルが三枚。上々の滑り出しが出来るだろう。しかし──土地とスペルの色があっていない。すでに対面プレイヤーに一枚のハンデを負っている。これ以上はマリガンを宣言できない。キープするべきだろうか。さらにマリガンを重ねて五枚の手札から始めるのは耐えられない──

 わたしたちはMTGをプレイする中で、しばしばこのような葛藤に悩まされる。本来七枚のカードでゲームを始める権利があるからこそ、不利な状況でのマリガンによる一枚分のハンデを過剰に意識してしまう。あるいは、もっと悪くなったらどうするという恐れから──熟練のプレイヤーであれば迷わずマリガンを宣言し、勝利に必要なカードを引いて状況を打開するであろう局面において──手元のきっと悪くない手札を正当化してゲームを始めてしまうのだ。与えられていた権利[ハンド]が損なわれることに対しての逆上に、あるいは「かもしれない」という期待や恐怖に囚われたプレイヤーが、勝利のためではなく、そうした可能性のストレスを振り払うために、ティルトに陥り合理的でない選択を行ってしまうのだ。
 ティルトがさらに猛威をふるうのは、チームプレイが発生する局面である。チームワークを必要とするゲームにおいて、一番の障害はチームワークそのものだ。チームメイトに対して無意識のうちに抱いてしまっている期待が、プレイの様々な局面で容易に不満へと転ずる──味方が役に立たない。思う通りに動いてくれない。こうすれば勝てるはずなのに。最も真剣にプレイしているのは私だ。言うまでもなく、これはティルトだ。
 集団で行うゲームにおいては戦況の全体が把握しづらいということも、ティルトが現れやすい要因のひとつだろう。そこでは、各プレイヤーの目の前にある個別の勝負が、大局的なゲームの勝利にどう関わっているのかを意識することは難しい。そして人はしばしば、自分が今まさに取り組んでいる勝負こそがチームの勝利のために重要なのだと思い込んでしまう。
 そして時に、自分ではなく仲間がティルトに陥ってしまう場合もある。そういう状態ではチームは合理的な戦略を実行することができなくなる。仲間のティルトに気づかなければ、本来の自分個人にとっての合理的な戦略に固執し続け、その結果チームとして最良の戦略をとることができなくなる。そしてまた、自分自身もティルトに陥り、仲間への期待やチームワークを放棄してしまう。
 ティルトが本当に恐ろしいのは、それが単に正当化による判断ミスでプレイヤーを敗北へと導くからではなく、正当なプレイングをしたにもかかわらず敗北してしまうという感覚をプレイヤーに与えてしまうことである。自分は正しいのに、間違っていないのに、いつもゲームに負けてしまう。引き運が、チームメイトが、ジャッジが、あるいは世界全体が、自分の正しさに応えてくれない。こんなにも報われないのなら、いっそゲームをやめてしまったほうがいい──こうして、あなたは絶望のティルトに陥ってしまう。絶望のティルトは、本来手放さなくて良いはずのもの──勝負に取り組んできた自分や、それまで積み重ねてきたものすべて──をも丸ごと否定してしまう。そして、冷静に見ればまだ見込みのあるゲームを不当に手放したり、見込みのないゲームを無意味に続けたりすることになる
 このティルトという怪物からは逃れられない。この怪物は人生に逃れ難くつきまとうのだ。あなたは今ここに無い可能性──しばしば無限にさえ思える幸福や勝利に対する期待──を追い求めるあまり、目の前の現実を勝ち取るための合理的な選択をないがしろにしてはいないだろうか?
 いや、もはや合理的でなくても、現実に敗北してしまっても良い。熱意を失ってしまっても構わない。熱意は薄れてゆくものであるし、その熱意を支える努力にも限界がある。本当に恐ろしいのは、あなたの熱意と今までの努力が、最初から無いものだったかのようにすべて奪い取られてしまうことだ。それがティルトという怪物の真の目的なのである。

 ──「ところで、ひとつ頼まれてくれないか。となり町のエミリーにこのことを伝えて欲しいんだ。おれが君の後ろの怪物といかに戦い、あるいは戦わなかったかを。君たちが酒場で語り継いでくれさえすれば、おれはほんの少しだけ安心して眠ることができるんだ」
 Have a good game.